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卒業生に聞く
神大附属

福田喬史さん
福田ふくだ喬史たかふみさん
1995年卒業(第5期生)
※業種・職種等は取材当時のものです
「やってみたい」がすべての始まり

好奇心に導かれ、自由に探究した中高時代

 母がピアノ講師だったこともあり、幼い頃から音楽が身近にある環境で育ちました。小学生の頃にはピアノやギターに触れ、洋楽のロックからクラシックまで幅広い音楽に親しみ、音楽は特別なものというより、日常の一部として自然に存在していたように思います。

 神奈川大学附属中・高等学校には第5期生として入学しました。当時から音楽部ではオーケストラ活動が盛んでした。しかし、私は弦楽器の経験がなく、「自分が足を踏み入れてよい世界ではない」と感じ、強い憧れを抱きながらも一歩引いて眺めていました。その代わり、水球部や放送部(当時)を経験し、最終的には理科部生物班に所属します。

 理科部では、ウーパールーパーのキメラ個体の飼育、植物ホルモンを用いた無菌培養、クラゲの飼育、貝類の標本制作など、さまざまなテーマに取り組みました。一つのことを極めるというよりも、興味を持ったことを自由に探究し、好奇心のおもむくままに研究に没頭していました。

 そんな私が弦楽器と出会ったのは、音楽の授業でした。音楽部のヴィオラに触れさせてもらったことがきっかけです。美しいフォルムや手触りに、強く心を奪われました。一方で、「弦楽器は幼少期からの積み重ねが重要だ」という話も耳にしており、演奏者を目指すことは気おくれしていました。それでも弦楽器への思いを諦めることができない私は、演奏者ではなく、製作する職人を志すことを決意しました。

専門の道へ ― 技術と向き合う日々

 高校卒業後は大学には進学せず、日本のヴァイオリン製作界を築いた無量塔むらた蔵六ぞうろく氏が教鞭を執っていた東京ヴァイオリン製作学校に入学しました。製作技術だけでなく、「演奏できなければ演奏者に寄り添えない」という教えのもと、演奏の基礎にも真剣に取り組みました。

 25歳のとき、卒業制作として製作したチェロをチャイコフスキー国際コンクールの製作部門に出品し、音響部門第1位、総合第3位を受賞することができました。この経験は、その後の人生を支える大きな自信となりました。

 受賞後はドイツの弦楽器工房で職人として技術を磨き、帰国後は、東京の老舗弦楽器専門店に勤務しました。 プロ・アマを問わず全国の奏者に指名をいただき、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ等の調整や弓の毛替えなど、ドイツ勤務時代より、10年以上にわたり数々の銘器の修理調整と楽器制作に携わりました。 「製作なくして修理なし、修理なくして製作なし」。修理で培った感覚が製作に生き、製作で得た知見が修理に還元される。当時会得したこの循環こそが、私の仕事の根幹です。

  • 福田喬史さん
    コンクール入賞作品のチェロ(左側)
  • 福田喬史さん
    ドイツ時代の師匠Joachim Schade氏

独立 ― 自分だけの工房づくり ―

福田喬史

 2017年に独立し、「弦楽器工房 fumi's VIOLIN SHOP」を開業し、一般奏者からプロ奏者まで幅広い方々の弦楽器の製作・修理・販売を行っています。

 製作においては、数値だけに頼らず、木を叩いたときの音を聴き分けて判断する「タップトーン」を駆使した技法を確立しました。木材は一本一本性質が異なるため、その個性を見極め、長い年月にわたって美しく響き続けることを見据えた仕上げを行います。また、弓のメンテナンスでは、馬の毛を濡らさずに張り替える独自の技術も特徴の一つです。これは、読売日本交響楽団のヴィオラ奏者からの要望をきっかけに、試行錯誤を重ねて身につけた技術です。

 数値や効率だけでは測れない感覚を大切にし、演奏者の声に耳を傾けながら改良を続ける姿勢。こうした「人間らしさ」こそが、この仕事には欠かせない要素だと考えています。そしてそれは、中高時代に多様な仲間や先生方と関わりながら、試行錯誤を重ねた経験によって育まれたものだと感じています。

 現在は、一般・プロ奏者のお客様に加え、母校である神大附属中・高等学校音楽部の弦楽器のメンテナンスも請け負っています。音楽部は今年、全国大会で10年連続最優秀賞を受賞しました。当日会場で、自分が手を入れた楽器を後輩たちが奏でる姿を目にし、胸が熱くなりました。日本を代表する中高生オーケストラのサウンドづくりに関われていることを、心から誇りに思っています。

「横浜マイスター」に選ばれて

福田喬史

 2025年には横浜市より「第30期 横浜マイスター」に選定されました。横浜マイスター制度は、市民の生活や文化に貢献する技能職者を横浜市が選定する制度です。今後は、学校やイベントで技能の魅力を伝えるとともに、後進育成や技術継承にも力を注いでいくことになります。大きな喜びと同時に、責任の重さも感じています。次の世代へ技術をつないでいく――ここからが、また新たなスタートです。

 ここまで歩んでこられた原点には、中高時代に「夢中になって何かに打ち込めた経験」があると感じています。神大附属は、早い段階で将来を決めつける学校ではありません。興味を持ったことに挑戦し、迷い、考える時間を大切にしてくれる学校です。そこで育まれる好奇心や想像力は、将来どの道に進んでも必ず力になります。神大附属は、生徒一人ひとりが「好きなこと」に出会い、それを大切に育てていける場所であると、卒業生の一人として心から感じています。

AI時代に求められる、数値化できない力

福田喬史

 AIが加速度的に発達する現代では、多くの仕事が人間の手を離れつつあると言われています。私は大学には進学せず、弦楽器に憧れ、その道を究めたい一心で歩んできました。

 今振り返って「良かった」と思うのは、自分の仕事が、AIでは置き換えられない、数値化できない仕事であるという点です。確かに時間も労力もかかりますが、心から楽しいと思える仕事だからこそ、工夫や努力を重ね続けることができています。

 在校生のみなさんには、技術そのもの以上に、数値化できない「想像力(imagination)」を育ててほしいと思います。想像力はやがて「創造力(creativity)」となり、人間にしかできない新しい仕事を生み出します。そして、人は夢中になれることに出会えたとき、どこまでも頑張れる存在なのです。

卒業後にも広がる楽しみ

 卒業から30年が経った今でも、毎年お世話になった先生のお宅に伺い、その一年を振り返りながら歓談する機会があります。同じ部活動の仲間や先輩、在学中にはあまり交流のなかった友人など、多様な卒業生が集い、つながりは年々広がっています。異なる分野で活躍する仲間たちの話は、今も新鮮な刺激と学びを与えてくれます。

 私の夢は、自分が手がけた楽器だけによるカルテット(四重奏)や、ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ・コントラバスによる弦楽アンサンブルを実現することです。それが母校・神大附属の生徒たちによって叶えられるなら、これ以上うれしいことはありません。

福田喬史
TVK「ハマナビ」2025/11/1放送 「ハマで極める!匠の技」
福田喬史さんが紹介されています。