卒業生に聞く
神大附属
早稲田大学大学院建築学専攻修了
神大附属での日々がある
本気だからこそ成長できた6年間
神大附属の学校行事といえば、体育祭、合唱コンクール、くすのき祭(学校祭)などいろいろありますが、神大附属ではあくまで生徒主体で企画・運営していきます。あまり先生は口を出さないんですよね。見守るだけというか。そのおかげか生徒が自分を表現しやすくなって、自分の考えを素直に伝えたり本音で話せるようになったり、そんな「風土」が作られていくんです。時には生徒同士、意見がぶつかって口論になることもあって、でもそれが成長につながるんですよ。
自分の経験でいえば、体育祭では、友人と2人でつくったクラスTシャツをクラスのみんなに発表した際、なかなか自分の思いが届かず、苛立ちをあらわにしてしまったことがありました。あとでその友人に「お前のそういう感情に任せるところ良くないよ」と叱られたんです。味方だと思っていた友人に直球で注意された衝撃が、私の中の「子ども」の殻を破ったのを今でもよく覚えています。一人ひとり考え方の違いがあって当然であることを知り、自分の意見を押し通すのではなく、多様な意見を受け入れ合いながら、よりよいものを作ることを学びました。
また、合唱コンクールでは、思春期特有の不真面目さや照れから、はじめの頃は、自分だけでなくみんながあまり熱心に練習しませんでした。前向きな人とそうでない人がけんかしたり。でも、やがて休みの日に集まって練習するようになり、段々とクラスに一体感が生まれてきました。最後にはもう全員が本気でしたね。そしてコンクール当日、あの大きなホールにクラス全員の声が揃って響いた時には、それまで味わったことのない鳥肌の立つような感動を覚えたんです。みんなと力を合わせ頑張った結果、心を震わせる経験ができたことが、自分をひとまわり大きく成長させてくれたと思っています。
どんなことも自分たちが主体となり本気で取り組んでいたからこそ、けんかしたり感動したり、泣いたり笑ったりしながら、人として成長できた日々だったのだと思います。
先輩や先生との距離の近さも神大附属の特長
部活動はサッカー部でしたが、入部当時、最も下手な選手だったんです。さらに骨折をして部活を数ヶ月休まなければならず、「もう退部しよう」と考えていました。だけどそんな時、辞めないよう何度も自分を励ましてくれた先輩がいました。神大附属は6年間一貫校のせいか、先輩との壁があまりなくて、同級生だけでなく先輩も親身になってくれます。自分もその先輩の言葉で頑張ってみようと思い直しました。部活復帰後は休日も自主練習をするなどして力をつけていき、最後にはスタメンとして試合に出られるようになりました。あの時もし辞めていたら、きっと諦め癖がついていたと思います。諦めないこと、できるまで頑張ることの大切さを学ぶきっかけとなってくれたその先輩には今でも深く感謝しています。
授業では美術が大好きで、部活動を休んででも納得いくまで作品を作りこむこともありました。部活動をこのような理由で休むことは当時としては異例のことでしたが、「なんとしても自分はやりたい」という思いを、顧問の先生やコーチが容認してくださったのです。
中高時代の経験は、今の仕事のベースにも
竹中工務店では、工事担当として施工管理に従事しています。この職種は、「ゼロから建物を作り上げる」ことが仕事です。現場の安全・品質・工程・コスト・図面・3次元モデルなどの各要素を包括的に管理する必要があり、この結果が建物の仕上がりに現れます。
建物は自社だけではなく、協力会社の職人の方々の手によって作られていきます。「こう作りたい」という意図を実現するために、スケッチや図面を通して作り手に正確に伝え、関係者全員に同じ目線に立ってもらうことが重要です。また設計図に書かれていないような細かい「納まりを決める」(複数の部材が取り合う部分を合理的で綺麗に整える)ことも施工管理の仕事です。この「全員で力を合わせて」「最良の『納まり』を実現すること」は私のやりがいにもなっています。
多岐にわたる要素を包括的に管理しつつ、多くの関係者と意思疎通を図りながら力を合わせ最良のものを作り上げる。自分の仕事には、神大附属でクラス一丸となった感動、諦めずに最後まで頑張った体験、そして自分が本当に実現したいことに対して本気で向き合い没頭できた経験が活きているのだと思います。

